ふぎと屋【溺書ブログ】

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【心をタフにする読書法】佐藤優『功利主義者の読書術』(新潮文庫) #36

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 読書には、大きな罠がある。特に、読書家といわれる
人がその罠に落ちやすい。読書はいわば「他人の頭で考
えること」である。従って、たくさんの本を読むうちに、
自分の頭で考えなくなってしまう危険性がある。


 冒頭からのすっぱ抜きだ。本を無批判に読むのは時間
の無駄だというのである。「別に好きで読んでるんだか
ら良いじゃないか」?その通り。じっさい、ぼくもノル
マとかでなく、好きで読む方だ。違うのだ。佐藤優が言
いたいことは好きな本でも、功利主義的にー実際の自分
の人生において役立つようにー読むということだ。


 読書を通じてその真理(註:現実の裏にある見えない真
理)をつかむことができる人が、目に見えるこの世界で、
知識を生かして成功することができるのである。


 著者はこう前おいて、幾冊もの本の紹介を始めるのだが、
流石は知識人というべきか、取り上げる本が少し変わって
いる。一般に「ビジネスに役に立つ」と思われているよう
なジャンルの本(メモ術・時間管理術・コミュニケーション
など)は一冊も登場しない。佐藤氏はあくまでもどんな本か
らでも真理にせまるための読書術を披歴しようとしている
のだ。あるいは綿矢りさ『夢を与える』から、あるいは酒
井順子『負け犬の遠吠え』から…。
 本書を流れる通奏低音のひとつは、「内在論理を理解す
ること」だ。ここでいう内在論理とは、対象が人間である
ならばその人となりであり、対象が国家や経済ならもう少
し巨視的な国民性や思想を指す。著者の佐藤氏は、もとも
と外務省国際情報局分析第一課で主任分析官として対ロシ
ア外交に従事してきた切れ者だ。それだけに、この内在論
理をつかむのが非常にうまい。


 たとえば北朝鮮がミサイル発射の準備をしている。衛星
写真には移動式発射台が確認され燃料が注入されている。
そして、「いまや戦争状態だ。我々は日本も狙っている」
などと威嚇するような状況が少し前にありました。
 相手の「内在的論理」がわからないと、その言葉を額面
通りに受けとって、すわ戦争かとパニックになってしまう。
ただし、相手はそうやってこちらを交渉の席に着かせたい、
特に米国に交渉を持ちかけたいというのが本意。
(佐藤優『人に強くなる極意』(青春新書)


 そして、内在論理を把握することを意識しながら様々な
本を読むと、「『この人は前に会ったあの人に言動が似て
いるな』とか、『いまの状況はあの本に書かれていたあの
状況にそっくりだ」と対象を冷静に分析でき」る。つまり
厳しい現実に直面しても簡単にはへこたれなくなるのだ。
特に、「大不況時代を生き抜く智慧」の章は昨今の状況を
考える手すりになるのではと思う。例えば、氏は経済学者
フリードリヒ・リストの『経済学の国民的体系』をとりあ
げて「経済発展の背後には、精神力がある」と喝破する。
なぜそんなことが言えるのか。それはリストによれば「み
ずからの固有の文化と勢力との促進に特別に留意しなかっ
た国民が滅亡しているということ」が歴史にあらわれてい
るからだ。だから、精神力を培う「精神的資本」=活字文
化は経済のためにも重要なのだ。


 本や新聞は啓発によって精神的および物質的生産に効果
をおよぼす。しかしそれらを入手するには金がかかり、だ
からそのかぎりでは、それらが提供する享楽もまた物質的
生産への刺激である。


 要するに、書籍や新聞は人々の精神的資本を豊かにする
だけでなく、物質的な側面ももっているので実際の商品と
して経済循環を生み出しもするとリストは言っている。こ
こで佐藤氏は「日本の精神的資本が弱体化している」こと
を危惧しているが、これに対してぼくは少し楽観的な印象
を抱いている。というのも、ぼくはこのブログと連動して
twitterをやっているのだが、そこで出会う「本読み」たち
はとても濃密な読書を楽しんでいるように見えるからだ。
最近の小説から古代ギリシア哲学書まで、おのおのが自
由に「精神的資本」を殖やしていっている様子をみて、ぼ
く自身もとても刺激を受けている。知識人階級ならぬ「読
書人階級」がインターネット上でできているようにも感じ
る(「趣味」でつながっているから当然ともいえる)。なに
せ、活字文化はいまもまだまだ十分健在だ。ぼくとしても、
これからもっと本を読み集め、買い集めて「物質的生産へ
の刺激」を与えていきたいとおもう。