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【ドライに紡ぐ物語】スタインベック『ハツカネズミと人間』(新潮文庫) #34

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 ようこそ、ふぎと屋へ。今日はスタインベック『ハツ
カネズミと人間』を仕入れたよ。ゆるりとくつろぎなが
ら聞いていってくれ。

ハツカネズミと人間 (新潮文庫)

ハツカネズミと人間 (新潮文庫)

 

 


戦争と牧歌


 手始めに、1937年についてちょっと話そう。『ハツカ
ネズミと人間』の原著が発表された年だ。世界情勢に目
を向けてみると、この時期はドイツでナチスが台頭し、
スペインでは人民戦線政府と反共和派勢力がバチバチ
やりあっていた。アジアに目を向けると、この年の7月
には北京の郊外で日本と中国が軍事衝突してそのまま日
中戦争へとなだれ込み(盧溝橋事件)、更に12月には南京

を占領して「敗残兵掃蕩」を行った(南京虐殺

件)。
 そんな年にアメリカで発表された本書は、「のどかな」
農場を中心にした戯曲的作品だ。主人公のふたりは何も
かもが対照的。「小柄で機敏、顔が浅黒く、ぬけめのな
い目をして、目鼻立ちも鋭くたくましい」ジョージと、
「大男で、顔にしまりがなく、大きな薄青い目と幅広い
なで肩をしている」レニーのふたりだ。作中では簡単に
しか語られていないが、彼らは奇妙な縁から、連れ立っ
てカリフォルニアの農場を転々としているらしい。ふた
りは過酷な労働の日々を「安く手にはいる小さな土地」
で「土地のくれるいちばんいいものを食って」過ごすと
いう夢物語をなぐさみにして過ごしていた。だが、作中
で新しく訪れた農場でその夢の「協力者」キャンディが
現れ、お金さえ貯めれば実現することができるという事
態になる。叶うと思っていなかった夢が現実味を帯びて
きたんだな。ところが・・・おっと、ここからが本作で
いちばん「いいところ」であり、人間の感情の機微がそ
の外面描写を通して読者に迫ってくる「さわりの部分」
だからここで語るのはやめておこう。かわりに、スタイ
ンベックの描写の魅力を二、三紹介しようと思う。
 20世紀の初めのアメリカに生を享けたスタインベック
は、1919年にスタンフォード大学に入学すると海洋生物
学に興味をいだく。そこでモンテレー生物学者リケッ
ツと親交を深めるのだが、この交流が「非目的論的思考」
スタインベックが自称する思考態度を培った。彼がい
う「非目的論的思考」とは、「生物界の現象からの類推
によって、人間社会の事象をも捉えようとする態度」の
ことをいう。要するに、彼はその文学を展開するにあた
って、非常に「科学的」な態度で臨んだわけなのだ。訳
者の大浦暁生氏が言うように、この『ハツカネズミと人
間』でもスタインベックは「情景の描写と人物間の会話
をつらねて、一貫した外面描写に徹している」。だが、
それでも決して単調な作品になっていないというのが彼
のすごいところだ。特に、クライマックスでジョージが
レニーを射殺する(あっ、言っちゃった)シーンは、その
やるせない気持ちが何気ない動作や言葉をとおして伝わ
ってくる。こんなことをされた読者は、単純に「彼はや
るせない気持ちになった」と書いてある文章を読んだ時
よりも一層、やるせない気持ちになる。「書いていない
こと」がいっそうの感興を湧きたてるのだ。ぼくなんか
は読み終わって思わず「はぁ」とため息をついてしまっ
た。そういう意味で、スタインベックはとにかく「読ま
せる」作家なのだ。この魅力、伝わるだろうか。伝わっ
たなら、ぜひ読んでみてほしい。それもできれば、月が
ぽっかりと浮かんだ静かな夜に―。

ハツカネズミと人間 (新潮文庫)

ハツカネズミと人間 (新潮文庫)