ふぎと屋【溺書ブログ】

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文字と会計/原始の信仰【長い歴史の短い一端 #4】

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 この「ながたん」シリーズでは、ゆっくりと「ルカ」
の出現から農耕文化の定着までを追ってきた。今回は、
「会計と文字」の話をしよう。文字が誕生する要因とし
て、「会計」があったという話だ。


 歴史上、文字が初めて生まれるのはメソポタミアのシ
ュメール文明においてのことだ。シュメール人が築き上
げた文明である。ここでは、なぜ彼らが「文字をつくる」
ことに向かっていったのかをとりあげたい。
 シュメール人は、都市国家を形成して定住しつつ、交
易を行って生活していた。文字の誕生以前、彼らは粘土
でできた「トークン」を用いて、何をどれだけやり取り
したか計算を行っていた。
 こうしたトークンは、財(≒商品)ごとに中をくりぬい
た球に入れて保管された。勘の良い人は気づいたかもし
れないが、このやり方は取り扱う財の種類が増えてくる
と少々面倒なことになる。物理的にかさばるのである。
もっと効率的な記録はできないものか。まず彼らが考え
たのは、それまで何の印もつけていなかったトークンに
「溝」を刻むことだった。溝のパターンによって、財の
種類や数をあらわしたのだ。だが、そうやってみると、
まだどうも「物理的にかさばる」問題は解決していない
ように思われる。そこで次第に、溝のパターンの「意味」
が定まってくるにつれ、1枚の粘土板に「意味」をもつ
溝を刻んで保管するという記録方法が確立されていく。
文字の誕生だ。同時にこれは、最古の「会計記録」の誕
生でもあった。文字と「会計」は、その誕生において密
接に関わっていたのだ。ちなみに、シュメール人が生み
出した文字は「楔形文字」と呼ばれる。1847年に解読さ
れた。
 また、一説によれば、楔形文字に着想を得てエジプ
トではヒエログリフが考案されたとされている。これ
は主に石碑や石棺などに刻まれた文字だった。だが、
かなり難解であったため「ラフな記録」をつけてもラ
フに読める者が少ない。そこで、簡略体としてヒエラ
ティックやデモティックが生まれていった。この文字
の解読の道を拓いたのが、ナポレオンによるエジプト
遠征だというのはよく知られた話だ。ヒエログリフ
デモティック、ギリシア文字が併記された「ロゼッタ
ストーン」が発見されたのだ。これを手すりにしてシ
ャンポリオンが解読した。
 一方、中国に目を向けてみると、楔形文字から遅れ
ること2000年ほどで甲骨文字が登場する。「人類が発
明した最も美しい文字」とも言われる。これら「原始
の漢字」については、白川静氏の著作が詳しい。漢字
が好きという人なら、『漢字百話』(中公新書)あたり
が楽しく読めるだろう。「原始な感じ」にどっぷりと
浸ることができる。


 さて、場所をメソポタミアに戻そう。シュメール人
の「宗教観」についても少し見ていきたい。
 彼らの宗教は多神教であった。信仰の対象は「パン
テオン」とよばれる。いわば神々のチームだ。エンリ
ル神をチームリーダーとして、天神アン、太陽神ウト
ゥ、月神ナンナ・スエン、金星神イナンナ、深淵の神
エンキらが名を連ねた。シュメール人パンテオン
加護を得るため、その都市にジッグラトと呼ばれる神
殿を建造した。まだトークンで記録をしていた紀元前
3500年ごろの「流行」だ。ちなみにこれと同じころ、
西ヨーロッパでは巨石文化が拡大していった。イギリ
スのストーンヘンジが有名だ。
 また、エジプトでは「動物トーテミズム」が信仰形
態として確立されていた。動物を神格化したのだ。鷹
神ホルスや蛇神アトゥム、ジャッカル神アヌビスなど
が有名だ。エジプトの王権はホルス(彼は天空神でも
ある)から与えられたものとされた。「王権神授説」
と呼ばれる。また、バー(肉体)とカー(霊魂)の神秘的
合体思想も生まれてくる。「霊魂が帰ってくる場所」
としての肉体を朽ちさせないよう、「ミイラ」という
方法が編み出された。これは紀元前2650年ごろ、オシ
リス神とイシス神への信仰が本格化したあたりから盛
んになっていく。ここでオシリスとは、本来人間に色
々な制度をもたらした良神であり、また自然神として
は季節ごとに復活する永遠の生命の象徴だった。だか
ら、永遠の生命を信じていた古代エジプト人は、死者
は全てオシリスに化すと考えていた。
 イシスはそのオシリスの妹だ。兄と結婚した。とこ
ろが、弟セトがオシリスの支配に対し反逆を企てる。
兄を言いくるめて棺に入れると、ナイル川に投げ込ん
でしまうのだ。この後の顛末はプルタルコスの『イシ
スとオシリスについて』に詳しく描かれているが、ざ
っくり言えばイシスが東地中海岸のビブロスに漂着し
た棺を発見し、セトにバラバラにされていた体の各部
分をつないでオシリスを再生させる。
 さて、オシリス・イシス信仰、ミイラの「流行」と
相まって、エジプトでは一大プロジェクトが進められ
ていた。ピラミッドの建造だ。クフ王のものがこのこ
ろに完成している。ピラミッドの建築は、「人類初の
公共事業」ともいわれる。石材には、その石を切り出
した産地が記載されていたという。
 クフの時代は、王自身が「絶対神」であったのだが、
次第に信仰の対象は太陽神ラーへと変わっていった。
その証として、「第5王朝」以後は大規模な太陽神殿
が作られるようになった一方で、王自身のピラミッド
は小さくなっていく。さらに時代が下ると、「王とは
ラーの子である」とする見方が強まってくる。この神
性が根拠になって、王は神々と人間とを結ぶ存在とみ
なされた。「神なる王(ファラオ)」となったのだ。フ
ァラオは宇宙秩序(マアト)の保持という「神話的役割」
を与えられた存在だと考えられ、社会的には高度に組
織化された中央集権国家のトップとしてエジプト世界
に君臨した。(つづく)